ASC他動的運動療法と折り紙その2

前回のブログ
ASC他動的運動療法と折り紙その1
『ASC他動的運動療法による鎮痛効果も
折り紙作品を見た時の感動と同じ様な現象が
力への感覚という分野で
脳の中で起こっている現象です。』
といった表現をしました。

今回は、その辺りを更に詳しく
お話しさせて頂きます。

ASC理論を御理解頂くのに必要な
脳についての簡単な説明

人の脳は、脳の場所(領域)によって、
ある程度の役割が決まっています。

基本的に、脳で行われる作業(神経活動)は、
電気信号が流れるという
単純な要素の寄せ集めです。

その情報処理は、抑制か促進かという
コンピュータと同様の2進法
に沿って行われています。

感覚を創り出す時の脳の特性

意識の中に色々な感覚を創る時、
それが例え違った種類の感覚であっても、
感覚を創る作業の行程自体には、
同じような感覚作成の傾向があります。

ですから、
折り紙を見て『美しい』『素晴らしい』
と感じる感覚(感情)も、
手の込んだ料理を食べて
『美味しい』『素晴らしい』と感じるのも、
その感覚(感情)を創る行程には、
類似した要素が多くみられます。

その最も大きな類似点は、
どのような感覚(感情)も、
単なる今ある現実以上の要素が重なって、
互いに影響し合い出来ているという点です。

例えば、
同じ料理であっても、
手間暇が掛かっている行程を
食べる者が知っているかどうかで、
味への評価は変わってきます。

自分で釣った魚は、
同じ種類の魚であっても、
買って食べる魚よりも美味しく感じます。

また、
過去に食べた経験がある物は、
味の記憶としての先入観があり、
その先入観にも味覚は影響されます。

とあるメーカーのかき氷用シロップは、
イチゴ味もメロン味もレモン味も
味付け自体は全く同じであり、
違うのは色と香り付けだけだそうです。

それでも人の脳は、色と香りで、
味の違いを意識の中に創り出すようです。

黄色はレモンの、
緑はメロンの味がするそうです。

痛みという感覚が
意識の中創り出される行程の特性

前術のような、
感覚が創り出される行程の特性は、
痛みという感覚が意識の中に創られる、
または、
消される行程でも見られます。

痛みという感覚も、
身体に加わる力を今ある身体の状態
(人体構造、疲労、能力、気分など)や
過去の経験などを参考にして、
意識の中に創り出すかどうかが
脳の無意識下の判断で決められています。

ズキズキ・ジンジン・重痛い・怠痛いなど、
痛みに種類が有るのは、
痛みが創られる時の材料の違いや
その材料への脳の扱い方、
捕らえ方に違いが有るからです。

あたかも、
かき氷のイチゴ味やメロン味の様です。

折り紙への評価と
ASC他動的運動療法の鎮痛効果

さて、ここからの私の話は急展開をみせます。

最初に挙げたテーマにもどります。

折り紙作品を
美しいと感じる感覚(感情)が湧く過程と
私の施術で痛みという感覚が消えていく過程
との共通点について解説していきます。

折り紙作品への感動という感情が創られる時の特性

複雑な折り紙作品を見て、
多くの方が、『素晴らしい』『美しい』
という感情に捕われます。

どのような作品も
素は一枚の紙でしか無く、
紙は、紙のままであれば紙です。

美しく折られていてこそ、
また、
その折られ方に誰もが認識出来る
秩序や法則性が有り、
それを行う事が困難であると感じるほどに、
そのことを知る者に感動を与えるのです。

この時、
意識して困難さを分析してから
感動する人は、普通はいません。

折り方の秩序や法則性の正確さを
細かく認識してから感動される人も
いないでしょう。

人は、
無意識の内に秩序や法則性の正確さと
実行の困難さを
視覚から得た作品の形に反映させて
感動という感情を得ているのです。

痛みという感覚が消える行程と
感動という感情を創る行程
との間にある共通点

一方、痛みという感覚に関してですが、
痛みは、感動の様な感情という分野よりも、
もっと単純な感覚という分野に属します。

ですが、
どちらも脳が作り出している
物事への認識性であることに
大きな違いはありません。

借りに、
感情や感覚を人にとって有益か不利益か、
または、
快か不快かで2分割して良いとするならば、
痛みは不利益、不快という区分に入ります。

言うまでもなく、
感動は真逆の有益、快の区分です。

この相反する2つの共通点は、
(感動が)創り出される行程と
(痛みが)消えていく行程の中にある、
脳の作業特性に観ることができます。

痛みが消えるとき、
つまり、
不快・不利益から安堵への転換には、
平常心理から感動が起こる時への心の変化
と似た仕組みが使われています。

マイナスから0にするのには、
プラスの要素が必要です。

それは、
0から何かが加えられてプラスになるのと、
変化の種類・変化率としては同類です。

感動という感情の形成行程に
似た要素を持つ私の手技

折り紙作品という形(視覚)から、
そこに関係する色々なプラス要素
無意識で反映させて感動という
評価(感情)が現されるように、
私の施術で患者さんの手や足を
私が動かしている状況下で、
正しい運動をしている時の力
(身体感覚・運動感覚)というプラス要素
患者さんの脳が感じ取ると、
その力学的情報に無意識の内に
身体構造の条件や過去の経験などが反映され、
私の動かし方(施術=擬似運動)に対しての
評価(感覚の変化)が下されます。

その評価への基準に、
不利益(マイナス)の要因が含まれていない
と脳に判断されれば

不利益に区分される感覚である『痛い』
という感覚は創り出され無くなります。

私が行う手技が、
患者さん自身が行う動作と
大きな差がない理由

私は、ASC他動的運動療法を用いて、
私が患者さんの手や足などを動かします。

その行為を
患者さんの意識としては、
私に動かされていると認識されています。

しかし、
運動動作感覚を創る行程には、
患者さんの意識の関与は、
大きな影響を持っていません。

また、
私の施術が患者さんの運動管理に関わる
脳の領域(無意識領域)に
『自分で動いている』と認識させることが
出来ているとすれば、
患者さんが自分で運動している時と
私の施術(ASC他動的運動療法)とで、
その動作感覚の形成過程に違いは無い
ということになります。

ですから、
例えば、膝の曲げ伸ばしに痛みが有る
患者さんに対して、
私が施術として行う
膝の曲げ伸ばしという動きの中で、
患者さんの脳がその行為中に膝への負担という
痛みの材料となる要因を感じ取れないよう
工夫できれば、
施術直後に
患者さん自身が行う膝の曲げ伸ばし動作
においても、
痛みが無くなっていたちしても
何ら不思議なことでは無いのです。

例えるなら、
黄色の着色(危険性)を取り除き、
レモンの香り(負担)という要素を入れない
かき氷のシロップ(動作情報)では、
レモン味という味覚(痛みという動作感覚)
にはならないということです。

日常の慣れた動作と
動作を行っている
本人の意識との関係

通常の慣れた運動や動作では、
意識は動作の調整に殆ど関わっていません。

前に行きたいと思う、
または、
前に行く必要性を意識すれば、
脚の動きを中心とした身体の動きは、
無意識の内に秩序と規則性を維持しながら
ニ足歩行を行います。

ほぼ全ての人が、
特に何も考えず、
ただ歩くだけという時間を
経験した事があると思います。

歩行動作に対する意識は特に無く、
別の事を考えながら歩くことも日常的です。

そうです。

慣れた運動を行うのに
意識は特別必要無いのです。

日常動作の多くは、意識ではなく、
無意識でコントロールされているのです。

動作感覚を上手く利用すると
痛みは消える!

ほぼ無意識で動作構築が行われている
日常動作という分野においては、
私が行う他動的な運動でそれを模倣した場合、
その模倣運動を受け止める
無意識領域の脳にとって、
その他動的運動による運動情報は、
患者さん自身の運動そのものなのです。

その様な運動情報が
痛みの感覚の材料である身体への負担
という情報を含んでいなければ、
痛みが緩和、または、消えていきます。

どうでしょう?

難しかったですか?

それとも興味深かったですか?

このような他動的運動による効果は、
理屈が解って正しく行えれば、
誰にでも再現できます。

再現性ある科学的技術です。

だからこそ、今後、より多くの人達に
新しい形の運動として、
その知識と技術を知って頂き、
実際に身につけて頂こうと考えています。

フォロー宜しくお願いします


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