上手く走れない私が、上手く走れるように人に指導出来る理由

上手く走れない私が、上手く走れるように人に指導出来る理由

 

今回タイトルは、コーチや各種指導者については、

自分では出来る動作や運動も、人には上手く指導できない理由としても捉えてください。

動作という面では、自分で自分が客観視できない。

人の動きの調整は、その大部分が無意識で行われている

ほぼ自動化された仕組みです。

 

この動作自動調整は、身体に加わる力学的条件と

筋肉の仕事内容(筋力量など)を基準にして

視覚や平衡感覚、及び、意識的目的達成率(動作目的通り行えているか)を織り交ぜながら

脳の管理の下でその瞬間瞬間で遂行されています。

 

余談ですが、動いた時の痛みとは、

このような動作の自動調整のトラブルだという見方ができます。

 

話を戻します。

 

人の意識は、何かの動作を行う場合、

『物を掴みたい』『前に進みたい』など

行動目的を思い浮かべて実行に移すだけです。

 

物を掴むために手の指を開いてから掴みたい物に接したら指を閉じるという具体的な把握動作や、

自分手と物と距離とそれに応じた手首や肘や肩の動きの内容、

物の重みや質に対する筋力量の調整などの動作形成の詳細に本人の意識が強く関わることは殆どありません。

 

また、視覚も自分の姿は、撮影された映像や鏡等で確認しなければ直接全体を見ることはできません。

 

つまり、映像分析無しでは、目的を達成する動作は意識で理解できても、

目的動作を形成する各所の身体の使い方(関節の使用角度幅や各所の動き幅、タイミング、運動方向など)は、

想像に過ぎないということです。

 

そして動作の想像的イメージは、実際の動作と違うことの方が圧倒的に多く、

また、そのことを理解出来ていないスポーツ指導者が大多数です。

 

ですから、いざ、動作の指導をアドバイスする際には、

指導者自身が行っている実際の動作よりも、指導者の思い込みに近い動き方の指導になっています。

 

私は、自らが上手く行えているという前提にたっての動作指導はしません。

 

あくまでも、指導させて頂く対象者さんの動きを見て、

普段行っている施術から得た正しい動作を見極める視覚分析を利用し、

指導を受けて頂く対象者さんの動きの問題点を探していきます。

 

その上で、解剖学とスポーツ動作目的の双方に見合った動きの正しさを考え、

そこに対象者さんの個性を反映させたベストな動きを創りあげていきます。

 

ですから、私が出来る出来ないではないのです。

 

私が、動作指導を受けて頂く対象者にとっての力学的・解剖学的、種目的にベストな動きを

考え出せるかどうかなのです。

 

もちろん、ほぼ全てにおいて考え出せます。

 

そこに必要な知識を持っていますので。

 

動作指導に対する私なりの結論をいえば、

経験よりも、種目の実力よりも、

動きの知識と動作環境への柔軟な思考こそが動作指導の質を決めるのです。

 

私には、必要な要素が全て揃っていますが、

実際のスポーツ指導者様は、どうでしょうか?

 

フォロー宜しくお願いします


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